モモイロ



黄瀬とマネージャーの桃井が付き合っているという、ウワサをきいた。
なんでも、二人が仲良く歩いている姿を誰かが目撃したらしい。
その雰囲気は、とても話しかけにくく、完全に二人の世界だったという話だ。
よく恋愛に関するウワサが流れるが、今回はとても詳しく状況が説明された
ウワサだったので実際にあったことなのだろうと推測される。
黒子は、そのウワサを信じてはいなかったがしかし、黄瀬を疑いたくなる気持ちになった。
数日後、黒子は実際に二人が一緒に居るところを目撃するどころか、鉢合わせしてしまうのだった。



昼休み、職員室への用事を済ませ教室に戻ろうとしたとき
滅多に使われることのない屋上への階段の途中で話し声が聞こえた。
普段ならばそのままスルーしてしまうのだが、
ふと黄瀬の声が聞こえたような気がして黒子は足を止めた。
しかし、足を止めたとしても本当に黄瀬がそこに居る確証はなく
また黄瀬は年中このような人気のない階段だったり校舎裏で告白をされたりしているので
そういう場面を見たいとは思わず、さっさと教室に戻ってしまおうとしたその時
自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。

「あれ、テツ君?」

それは先程黄瀬の声が聞こえた階段からで、振り返ると
マネージャーの桃井が降りてくるところだった。
彼女の名前を呼ぼうとしたその時、黒子の目にうつったのは
先程桃井が降りてきた階段から、黄瀬が降りてきたところであった。
黒子は咄嗟にこの場に居てはいけない、と思いそのまま走り去った。

「ちょ…テツ君!」
桃井の叫び声がきこえたが、黒子は構わず走っていく。
直ぐに、誰かが追いかけてくる気配を感じ、それが黄瀬なのだということがなんとなく分かった。
みるみるうちに距離を詰められ、そして黒子はとうとう黄瀬に捕まった。

「黒子っち!」
「…はなしてください!」
「なんで!」
「だって―」
黒子はそのまま勢いで言いそうになったことに、ハっと気付き、そのまま言葉を飲み込んだ。
「だって?なんスか。桃井と一緒に居たからってことスか?」
言いかけていたことをそのまま黄瀬に言われ、黒子は無意識に唇を噛んでいた。
「…やっぱり」
黄瀬の呟きに、黒子は顔を上げることが出来なかった。

「やっと追いついたー!」
沈黙を破ったのは、桃井だった。
息を切らした様子はなく、歩いてきたのがハッキリと分かった。
「二人とも早すぎ。追いつくのに時間かかったじゃない」
「元はといえば、桃井のせいじゃないっスか!」
「なによ、人のせいにして!あんたのせいで、テツ君に勘違いされたじゃない!」
「オレのせいだって言うんスか!」
「始めからそう言ってるじゃない」
黒子はどうすればいいのか分からず、呆然としてその様子を見ていた。
二人は黒子のそんな様子に気付かず、口論し続けている。
「…あ、の」
黒子が恐る恐る声をかけると、二人は同時に黒子の方を向いた。
その勢いが怖くて、黒子はビクリと後ろに一歩引いた。
「……二人は…付き合ってるのですか」
どうしても聞いておきたくて、黒子は最悪のことを考えながらも二人に尋ねた。
「そんなワケないっス!」
「そんなワケないじゃない!」
黄瀬と桃井はあり得ないとばかりに、叫んだ。
二人の声が同時だったせいか黒子は余計にその勢いに押されて、一歩引きそうになった。
「黒子っち一本っす!まさか、桃井と付き合うはずがないっス!」
「…アンタ失礼ね。こっちから願い下げよ。それに私が好きなのは何度も言ってるけどテツ君なんだから」
「お…オレだって、黒子っちのこと大好きっす!」
「うるさい!」


授業の始まりを告げるチャイムが鳴り響く。
黒子はどうすればいいのか分からずひとまずその場を立ち去った。




それから数日後。再び黄瀬と桃井の話を耳にした。
ウワサを聞いたクラスメイトの一人が、直接二人に聞いたらしい。
きっとかなりの勇者か、罰ゲームだったのだろうと予想される。
聞かれた当人達は、「あり得ない!」とキッパリ言ったらしい。
バスケ部の面々にもリサーチしたらしく、実際に付き合っているという話は
デマだったということが分かった。
しかし、デマだと分かったのと同時に、
その二人は実は誰かを狙ってその取り合いをしているらしいという話が浮上した。
女子にモテる黄瀬と、男子にモテる桃井が一体誰を取り合っているのか
皆の興味は確実にそちらに向いていた。
黒子は、その全容を聞いた瞬間にドっと疲れを感じた。









2009夏コミ新刊candy fallsより再録